ガナッシリコーダーについて/初期バロックの楽曲の演奏について

◻️ガナッシリコーダーについて


 Ganassiリコーダーは、1535年にヴェネツィアで出版された教則本Fontegaraの著者である、Silvestro Ganassiに由来します。この著書の中でGanassiは、運指についての説明で以下のように書いています。


 ①リコーダーは通常、9つの低い音と4つの高い音、合計13音を出すことができる

 ②人によってはさらに1〜2音出すことができる 

 ③考えられるあらゆる運指を用いて、今まで知られていなかった追加の7音を出せることを発見した


 ルネサンスタイプのリコーダーの中で、③のGanassiが発見した追加の運指通り、もしくはそれに近い運指で高音を鳴らす事ができるものを指して「ガナッシリコーダー」と呼びます。教本には3つの異なる製作家による楽器の高音域運指が掲載されており、それぞれのマークは♣、A、Bです。♣はミュンヘン近郊のHans Rauch von Schrattenbach、AはニュルンベルクのSchnitzer、残るBがBassanoです。このうちBの製作家が残した楽器に出会い、広く普及させたのが現代のリコーダー製作黎明期を牽引したFrederick Morganです。

 彼は、ウィーン美術史美術館古楽器コレクション内のG管アルトリコーダーSAM135が、Fontegaraのものに近い運指で高音が鳴ることを発見します。ところがオリジナル通りの設計の場合、3オクターヴ目のGが高すぎるため、Morganは楽器の全長を調整することで、Fontegaraの高音を実用的に演奏することができる楽器を完成させました。このようにFontegaraに準拠した運指で高音まで発音することができるルネサンスリコーダーのことを、一般的に”Ganassiリコーダー”と呼びます。


 なお、SAM135にはウサギの足のような形「!!」のスタンプが押されています。これはヴェネツィアで名を馳せていた音楽家一族Bassano家の家紋(実際にはウサギの足ではなく蛾)であることから、MorganのGanassiリコーダーはBassanoモデルということになります。


 Morganは遺稿の中で「Ganassiリコーダーに関して重要なのは、この楽器はGanassiによる理論的研究の結果生まれたものであり、高音を発音できるオリジナルリコーダー(SAM135)を我々が幸運にも発見できたという事である。よって、この新しい楽器(Ganassiリコーダー)は、オリジナルリコーダーの”コピー”では決してなく、当時の製作家の作品に直接的に由来するものである」と述べています。つまり、Ganassiリコーダーに関して現代の私たちが認識しておくべきことは、この設計は、ルネサンス時代のオリジナルリコーダーを基にしているが、オリジナルの「忠実なコピー」という訳ではないということです。


 このことを取り沙汰して「Ganassiリコーダーは現代の製作家が新たに設計した楽器であってルネサンスリコーダーではない」という主張が散見されます。しかし、ウィーン美術史美術館が公開している、基となったBassanoのオリジナルSAM135の寸法と、いわゆるGanassiリコーダーの設計を比較してみると、ヴォイシングをつかさどる歌口周り(ウィンドウェイ入口&出口幅、エッジまでの距離、ラビウムの長さ等)の寸法差に関しては±0.1mm以下、つまり手作業としては誤差の範囲に留まります。内径についても大部分はオリジナルを踏襲しています。異なる点としては、全長を1%弱延長していることです。これは、前述の通りオリジナルの寸法でそのまま製作すると高音Gが高すぎるため、その音程を修正する目的です。


 上記のように、オリジナルと異なる部分は間違いなく存在します。しかし、バロックタイプのリコーダーでもピッチや運指の改変が行われるように、現代の様々な演奏シーンでは、実用面を考慮した設計の変更が必要とされる場合がほとんどです。オリジナルとの相違の度合いとしてはバロックリコーダーをはじめとした他のモデルと大きく違わないと言えます(その意味では、現代で流通している古楽器の多くは「忠実なコピー」ではありません)。以上のことから、Ganassiリコーダーは紛れもなくオリジナルに基づいた、ルネサンス時代の楽曲を演奏することをコンセプトとしているリコーダーである、と言うことができます。


◻️初期バロックの楽曲の演奏について


 Ganassiリコーダーは、オリジナルに基づいて設計されたモデルであり、Fontegaraで紹介された高音を演奏可能なルネサンスリコーダーの一種です。この事は疑いようがありませんが、一方で、この楽器で初期バロック(17世紀前半)の楽曲を演奏するべきかどうか、という点ついては議論の余地があります。教則本Fontegaraは1535年にヴェネツィアで出版されましたが、初期バロック時代はおよそその100年後です。よって、Dario CastelloやMarco Uccelliniをはじめとする初期バロック時代のレパートリーが作曲された当時としては、このタイプのリコーダーは一世代前の楽器であったと言えます。しかしながら、最新の楽曲を演奏する場面で、必ずしも楽器が最新であるとは限りません。


 初期バロック時代のレパートリーを演奏する際、通常のルネサンスリコーダーでは出すことのできない高音がしばしば要求されますが、これらの音をGanassiリコーダーは発音することができます。また、楽器を2分割し、ジョイント部分に金属リングを使用することで、ソロ楽器として十分な音量を確保することができます。楽曲が必要とする性能を満たした楽器で演奏する事は、演奏者にとって不可欠かつ自然な事です。したがって、17世紀前半の曲を演奏するにあたって、Ganassiリコーダーは選択肢の一つとして十分に有り得ると考えられています。

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